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中国社会科学院近代史研究所藏“满铁剪报”类编:第二辑(全一百册,总目三册)
 
 
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编  著  者 中国社会科学院近代史研究所 定价 96000.00
责任编辑 王晓 ISBN 978-7-5013-6170-0
出版时间 2017-11-30 版次 B1
印刷时间 2017-11-30 印次 Y1
库存提示 无书 规格 精装,8开,
丛  书  名  
所属分类 其他
中图分类 K250
读者对象 广大读者
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图书简介[ 滚动 - 展开 ]  
 
“满铁剪报”是日本情报机构“满铁”调查部集数百人的力量、持续近30年(1918—1945)而未间断的专题剪报,选用近170份中、西、日文报刊,共分20余大门类、近百个小门类,将涉及中国(包括日本、朝鲜半岛)的相关文章等剪裁下来,是世界范围内迄今为止涉及二十世纪20—40年代中国(东北亚)问题的采集范围最宽、分类最齐全、数量最庞大的资料剪报。对新闻报道进行了归类,是满铁剪报的最大价值之所在。满铁剪报长期保存在中国社科院近史所,因其独特性、唯一性且数量庞大,只能在该所内提供给学者阅览,因而未能得到学界的充分利用。我社经数年筹备,与近代史研究所合作,将其按专题分类整理影印出版,并投入大量人力物力进行编目标引等工作,必将为研究东北亚近现代史、近现代中日关系史和中国东北地方史提供极为珍贵的第一手资料。全部“满铁剪报”分大小两种开本,原始文献共计3510册,近70万页,继第一辑Q类(政治、外交、军事、国际一般)顺利推出后,第二辑收小开本A(政治、经济)、B(工业经济、教育状况)、C(经济一般)、D(农林畜水产)、E(畜产业)、F(工业部门经济)类内容。
 
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第一册目録
特別寄稿・訪日綿業使節と其使命:日本綿布の関税防遏は貿易戦の展開を促さん、果して紳士協定成るか? 《中外商業》 1937 年 1 月 10日…… 4
U.S. Trade with Asia: Slightly Affected Trough Shipping Strike, Decline Not Tought Serious
North China Daily News 1937 年 1 月 17日…… 5
通商自由の本義に帰せよ:前途洋々たる海運界の将来 《□□工業》 1937 年 1 月 26日…… 6
Germany’s Foreign Trade in 1936: Remarkable Improvement in All Directions, Industrial Products in Greater Demand North China Daily News 1937 年 1 月 21日 ……7
France’s Foreign Trade Defcit: Radical Reduction Shown in Invisible Exports North China Daily News 1937 年 1 月 21日…… 8
日蘭会商遂に成立:きのふバタヴイヤで新通商協定に仮調印、「恐日」の疑心暗鬼を一掃して、わが南方政策大飛躍 《大阪毎日》…… 9
輸出補償法、活用範囲拡大:改正法律案議会提出 《大阪毎日》 1937 年 2 月 24日…… 10
通商条約国一覧表 《大阪毎日》 1937 年 2 月 25日…… 10
国産機械類の輸出へ外国商館の転向 《□□工業》 1937 年 1 月 4日…… 12
見越輸入に備へ、海外円売を防ぐ 《満州日日》 1937 年 1 月 9日…… 13
七月限り廃止:馬場蔵相談 《満州日日》 1937 年 1 月 9日…… 13
為替応急措置の大蔵省令施行、現在の為替水準を保持 《満州日日》 1937 年 1 月 9日…… 14
鉄鋼国策の徹底的批判(5):生産力を充実して、海外市場へ進出せよ、一割喰ひ込めば五億の輸出増 《中外商業》 1937 年 1月 6日…… 15
綿糸輸入数量逐年減少:昨年は特に顕著 《中外商業》 1937 年 1 月 13日…… 16
棉花現在の輸入量原則上制限せず:当局当業者と打合せ 《中外商業》 1937 年 1 月 13日…… 17
羊毛輸入手続、極力簡易化する:羊毛業者に説明 《中外商業》 1937 年 1月 13日…… 17
一月中は弁法を設けよ、名古屋の希望 《中外商業》 1937 年 1月 13日…… 17
輸入管理に非ず:当局者関西で説明 《中外商業》 1937 年 1 月 13日…… 17
自発的な我対米統制 《中外商業》 1937 年 1 月 11日…… 18
重要輸出入品増減(昨年中)《中外商業》 1937 年 1 月□日…… 19
許可商品輸入量、貿易統制法実施後の 《満州日日》 1937 年 1 月 12日…… 20
円為替の安定を満州国側も支持 《満州日日》 1937 年 1 月 9日…… 21
輸出保障法、支那全土に適用:今期議会に提案決定 《満州日日》 1937 年 1月 9日…… 21
輸入統制の実質的効果を有つ、全面的に許可制採用 《満州日日》 1937 年 1 月 9日…… 22
最近の統計に見る我が対支輸出、半製品に転換:両国貿易の緊密化 《上海□□》 1937 年 1 月 10日…… 23
友邦独逸は支那より何を求めるか(上):経済的活動と発展性 《京津日日》 1936 年 12 月 24日…… 25
農産物の貿易現況と将来①:輸出薄荷の大敵、人造物が新に登場、除虫菊も考慮の余地、工芸作物の巻 《中外商業》 1936 年 12 月 22日…… 27
農産物の貿易現況と将来②:あと数年にして苧麻は自給出来る、進んで輸出も計画、工芸作物の巻(続き)《中外商業》 1936 年 12 月 23日…… 27
農産物の貿易現況と将来③:躍進目覚しい我が紅茶の輸出、緑茶と共に生産過剰の憂なし、茶の巻《中外商業》 1936 年 12 月 24日…… 28
農水産物貿易現況と将来⑥:関税設定に拘らず、逆に輸出量が増加、比島向の我馬鈴薯、園芸品の巻《中外商業》 1936 年 12 月 29日…… 28
為替管理強化で羊毛の輸入渋滞、統制協会対策を協議 《東京朝日》 1937 年 1 月 16日…… 29
豪毛強調見越し、日本筋の買直し予想 《東京朝日》 1937 年 1月 16日…… 29
独逸染料に堂々と挑む、我が染料輸出陣 《□□工業》 1937 年 1月□日…… 29
日英の綿布輸出戦(昨年):悠々英国を引離し、見事ゴール・イン、その差実に四割一分……30
予想外の好成績、廿七億七百万平方碼:日本…… 30
行詰り打開の余地猶多し:大阪商議の取引照会が語る、昨年度対外貿易実況 《満州日日》 1937 年 1 月 28日 … 31
肥料暴騰抑圧に輸出入許可制:統制委員会に諮問 《東京朝日》 1937 年 1 月 17日…… 32
日米綿業調整に常設委員会設置:懇談会で米国側提案 《東京朝日》 1937 年 1 月 17日…… 32
日米綿業協定の細目正式発表:綿雑品調整にも努力 《東京朝日》 1937 年 1 月 27日…… 33
日本の製糖業について:昭和十二年の日本経済界の展望 《東京朝日》 1937 年 2 月 3日…… 35
本年の小麦輸出好転せん、輸入は却って減少か 《中外商業》 1937 年 2 月 3日…… 36
農機の満州進出、具体策樹立目指し全国業者大評定:大日本農機協会が主催、二月十六日商工省で《□□工業》 1937 年 1 月 31日…… 37
麦粉の輸入減り、輸出は好転せん:本邦本年度の予測 《上海日報》 1937 年 1 月 4日…… 37
昨年の製粉輸出、五割五分減:金再禁止来の低記録 《東京朝日》 1937 年 2 月 3日…… 37
対豪人絹織物輸出組合割当決る、第一期三千九百万碼 《中外商業》 1937 年 2 月 4日…… 38
工業用原料品の輸入割当決る:その範囲内で輸入為替を許可、官民の意見一致す 《満州日日》1937 年 2 月 7日…… 38
羊毛買付分散に鑑み、南阿、亜国と貿易調整:外務当局準備を進む 《中外商業》 1937 年 2 月 4日…… 39
輸出総額の半近い、各国の我綿布防遏網:対支挽回策問題化す 《中外商業》 1937 年 2 月 5日…… 39
対南阿、亜爾然丁貿易調整を要求:輸入激増の情勢から 《東京朝日》 1937 年 2 月 4日…… 40
対豪人絹織物輸出割当決定す、対英輸出統制は静観 《東京朝日》 1937 年 2 月 4日…… 40
色物綿布の品種別割当容認、日緬会商近く仮調印か 《中外商業》 1937 年 2 月 4日…… 40
躍進素晴らし、我鰮トマト缶詰:空缶騰貴の為め値上げを断行、昨年中の生産千万円 《中外商業》1937 年 2 月 11日…… 41
自給肥料奨励金交付、農林省から三重県へ 《中外商業》 1937 年 2 月 11日…… 41
日米綿業仮協定効力を発生、綿業五団体総て承認 《東京朝日》 1937 年 2 月 7日…… 42
対米統制規定、きのふ決定 《東京朝日》 1937 年 2 月 7日…… 42
米綿布輸入高 《東京朝日》 1937 年 2 月 7日…… 42
入超増だが基調は悪くない、輸出品積出し旺盛 《大阪毎日》 1937 年 2 月 11日…… 43
綿布輸出の目標は支那の大市場:外交政策の新展開による、日支関係好転を当業者要望 《京津日日》1937 年 2 月 8日…… 43
人繊輸出百万円、一月の初統計成る 《東京朝日》 1937 年 2 月 13日…… 44
朝鮮産人絹の北支進出顕著 《満州日日》 1937 年 2 月 13日…… 44
本邦マグネシウム輸出全く杜絶、前途甚だ憂慮さる 《日□工業》 1937 年 2 月 8日…… 44
支那産小豆、北海道物を追ふ:阪神で猛烈に角逐 《満州日日》 1937 年 2 月 18日…… 45
満州向農機具の輸出対案決る:内地関係当局の協議で 《満州日日》 1937 年 2 月 23日…… 45
昨年中の缶詰輸出、アジア向輸出増加す 《中外商業》 1937 年 4 月 13日…… 46
日印新協定内容、昨夕外務省より公表 《中外商業》 1937 年 4 月 15日…… 47
雑貨、人絹を含まず、案じたよりは成功:但し前途は依然難航 《中外商業》 1937 年 4 月 15日…… 48
輸出難愈加はる、原毛高の毛糸、毛織物 《東京朝日》 1937 年 4 月 15日…… 49
昨年の綿布輸出、若干の減退:無差別国向けは増加 《東京朝日》 1937 年 4 月 15日…… 49
経済解説:上四半期貿易検討、この入超を何と見る 《満州日日》 1937 年 4 月□日…… 50
日蘭協定遂に成立、きのふ仮調印を了す 《東京朝日》 1937 年 4 月 10日…… 51
輸出補償法、改正の眼目、支那市場開拓に重点:補償率引上げ手続の簡易化 《山東□□》 1937 年3月 25日…… 52
輸出貿易の新動向(上):南米州を除いて、何れの地方も増加 《満州日日》 1937 年 3月 19日…… 53
輸出貿易の新動向(□):対支貿易は回復の□□、東南洋では□□ 《満州日日》…… 53
互恵関税法延長と日米貿易調整問題 《満州日日》 1937 年 3月 25日…… 54
物価高と対外貿易の前途観 《満州日日》 1937 年 3月 25日…… 54
日米貿易調整問題:アメリカの互恵関税法延長で、交渉開始の機運台頭 《満州日日》 1937 年 3月 25日…… 55
我が硝子製品の売行好調続く:外国品を完全に駆逐、一抹の懸念は物価高 《上海□□》 1937 年 3月 11日…… 56
硫安輸出入許可規則 《中外商業》 1937 年 3月 14日…… 56
硝子食器類は邦品の独壇場:支那全土の豊作により、一両年来躍進的進出 《山東□□》 1937 年 3月 15日 …… 57
日米互恵協定締結機運昂まる:関税引下げが対象 《満州日日》 1937 年 3月 18日…… 57
日本貿易館の新設、貿易振興に東商答申 《中外商業》 1937 年 3月 10日…… 58
貿易関係機関の全的統一要望:大阪貿易研究所提議 《中外商業》 1937 年 3月 6日…… 59
貿易振興施設、大商の答申案決る:きのふ貿易部会開催 《中外商業》 1937 年 3月 7日…… 59
論戦をさばく:輸出統制税の転嫁、数字的立証を求む 《東京朝日》 1937 年 3月 4日…… 60
満州小麦の減収で対満輸出盛返さん:不振の内地業界に活 《中外商業》 1937 年 2 月 26日…… 61
本邦銑鉄需給高調(単位瓲)《□□工業》 1937 年 2 月 26日…… 62
輸出堅実な増勢、本年二月末迄の貿易内容 《中外商業》 1937 年 2 月 28日…… 62
最近三ヶ年の砂糖生産消費種類別状況 《中外商業》 1937 年 2 月 26日…… 63
対支貿易に好影響:輸出補償法拡充案提出 《東京朝日》 1937 年 3月 2日…… 63
飢餓輸出の脅威:高価な原料輸入、輸出品価格は低廉、最近貿易に異変の兆 《東京朝日》 1937 年2 月 28日…… 64
中南米との貿易増進策:各国間と具体的折衝開始 《京津日日》 1937 年 3月 5日…… 65
豪州粉のダンプ懸念薄らぐ:内地粉低落と豪粉の欧州向て 《満州日日》 1937 年 1 月 9日…… 66
内地輸入許可制の緩和を立案中:日満間の相互自由輸入を期し、関東局令公布されん 《満州日日》1937 年 1 月 14日…… 67
現在の手続:内地・関東州・満州国間、現金・証券・物の受払 《満州日日》 1937 年 1 月 14日…… 67
痙攣する満独通商協定:予想を裏切る、独逸向け大豆激減、近国産の需要を誘致 《満州日日》1937 年 1 月 14日…… 68
輸出益々振ひ、前年の一割五分増:十一月関東州海路貿易 《満州日日》 1937 年 1月 10日…… 69
満独通商協定の改訂方を期す、貿易額比率を適切に:満州国が独逸代表と近く折衝 《満州日日》1937 年 1 月 12日…… 70
康徳三年度貿易、躍進の跡顕著、貿易尻を頓に改善 《満州日日》 1937 年 1 月 7日…… 71
北満粉の南下数量、昨年中五百五十万袋、生産高の約四割六分 《満州日日》 1937 年 1月 19日…… 72
北鮮経由輸出の輸送能力を増加:総局、特産出廻りに備ふ 《満州日日》 1937 年 1 月 19日…… 73
独逸が満州大豆を買渋る原因判明:購買監督機関の対立により落花生に押され勝 《満州日日》1937年 1月 27日…… 74
独英波丁四国の大豆輸入高:昨年度十一月末累計 《満州日日》 1937 年 1月 30日…… 75
輸出一億円を突破、下旬貿易超躍進:来旬為替法影響の出現控へ、重要商品軒並に増加 《満州日日》1937 年 1月 31日…… 76
対外貿易概算(大蔵省発表)《満州日日》 1937 年 1月 31日…… 76
躍る物価(三):満州物綿糸布も五月まで成約、人絹景気は北支から 《満州日日》 1937 年 1 月 23日…… 77
輸出入共躍進し、出超二千万圓:満州国一月の貿易 《満州日日》 1937 年 1 月 4日…… 78
満瑞貿易協定締結の機運濃化す、片貿易調整のため 《満州日日》 1937 年 2 月 13日…… 79
瑞典側働きかく:同国製品、進出せん 《満州日日》 1937 年 2 月 13日…… 79
康徳三年度の満州国貿易:主要輸出入品別 《満州日日》 1937 年 2 月 22日…… 80
満独通商協定改訂、五月初め交渉開始:円満なる解決を予想 《中外商業 / 京津日日》 1937 年 4 月 17日…… 81
輸出組合をも結成、「商戦必勝」を期す:冀東貿易業者間に俄然旺んな統制熱 《満州日日》 1937 年4 月 14日…… 82
欧州の大豆輸入漸く盛り返す、二月は各国とも増加 《東京朝日 / 満州日日》 1937 年 4 月 13日…… 83
人絹織物の朝鮮経由満州向け、二十日より禁止:生地物は増加せん 《満州日日》 1937 年 4 月 15日…… 84
豆粕二十万枚、代金半額は即時払ひ:興中が福建に売込む 《満州日日》 1937 年 3月 27日…… 85
激減の麦粉輸送、輸入制限による影響 《満州日日》 1937 年 3月 30日…… 85
満州豆粕の売込、福建省政府とバーター制取引:興中公司・日支貿易に寄与 《大阪毎日》 1937 年3月 28日…… 86
輸入麦粉激減、地場物に圧倒され 《満州日日》 1937 年 3月 16日…… 87
東北満各地に貿易幹旋所:清津商議が設置 《満州日日》 1937 年 3月 19日…… 87
営口の特産輸出、極めて活発:中支方面の需要で 《満州日日》 1937 年 3月 20 日…… 87
大連の特産輸出、軒並に減る:最近五ヶ月間の成績 《満州日日》 1937 年 3月 9日…… 88
日独貿易協定更改の主要議題:満州国、積極的に提案 《満州日日》 1937 年 3月 7日…… 89
満独貿易協定、近く伯林で更新交渉 《満州日日》 1937 年 3月□日…… 89
独の輸入激減に満州大豆悲鳴、満独協定も物かは! 《満州日日》 1937 年 3月 9日…… 90
石油の消費量急激に増加:昨年度は前年の二倍 《満州日日》 1937 年 2 月 25日…… 91
満州国内粉の販売戦激化せん:輸入粉の漸衰必至で 《満州日日》 1937 年 3月 3日…… 91
日緬通商協定、一日議定書に仮調印 《満州日日》 1937 年 3月 3日…… 92
豪州粉思惑輸入絶対的に禁止、実業部近く方針宣明 《満州日日》 1937 年 3月 13日…… 93
満州国貿易政策確立鞏固を加ふ:康徳三年度の貿易(一)《満州日日》 1937 年 3月 9日…… 94
輸出四割増で貿易尻を大に改善:康徳三年度の貿易(二)《満州日日》 1937 年 3月 10日…… 95
対支輸出も一億円台に恢復:康徳三年度の貿易(三)《満州日日》 1937 年 3月 11日…… 96
輸出増の大半は大豆にて占む:康徳三年度の貿易(完)《満州日日》 1937 年 3月 12日…… 97
輸入の大宗は紡織品と食料品:康徳三年度の貿易(続)《満州日日》 1937 年 3月 13日…… 98
Strict Enforcement of Drug Trade: Activity Reported from All Sides in China North China Daily News1937 年 1 月 6日…… 99
棉花検験手続費問題大詰愈々近し:劉検験局長と膝詰談判、日支通商経済開発に支障、わが当局乗出す 《京津日日》 1937 年 1 月 8日…… 100
昨年度に於ける支那経済界の概況:一応成功せる幣制改革と貿易尻に現はれた入超減 《京津日日》1937 年 1 月 5日…… 101
十二月全支主要輸出入品内訳 《上海□□》 1937 年 1 月 17日…… 102
染料輸入取締問題、俄然重大化す:法令撤廃要請を決議し、外支当業一斉蹶起す 《上海□□》1937 年 1 月 21日…… 103
雑貨類の輸入増、穀類輸出増目立つ:昨年度上海貿易好調 《上海□□》 1937 年 1月 17日…… 104
硫安の対支輸出、再び停頓に陥入る:懸念さるる売込地盤 《上海□□》 1937 年 1 月 20 日…… 104
邦商買付十万俵、為替管理よそに、小豆対日商談続□ 《上海□□》 1937 年 1月 17日…… 105
対満輸出石鹸、急進の鋒を南転、俄然北支をめざす:採算割の満州業界圧迫を避け、販売プール結成か 《□□工業》 1937 年 1月 21日…… 105
天津対米輸出貿易、主要内訳:豚毛の輸出最も激増 《京津日日》 1937 年 1 月 17日…… 106
輸出入共激増、昨年度支那対外貿易好調 《満州日日》 1937 年 1 月 4日…… 107
内地商人と華商の直接取引気運再燃:関西実業組合が働き掛く、平津華商筋では既に取引組合を設立 《京津日日》 1937 年 1 月 30日…… 108
綿布輸出の将来、支那市場に在り:日支関係の好転を当業者要望 《満州日日》 1937 年 2 月 6日…… 108
日本茶に圧され、アメリカ向け華茶輸出減 《上海□□》 1937 年 1月 26日…… 109
輸出促進のため、漢口の桐油改良:昨年輸出増約一万噸 《上海□□》 1937 年 1 月 26日…… 109
対支電機器、輸出及売込状況(1)《□□工業》 1937 年 1 月 23日…… 110
輸出大いに振ひ、貿易尻を頓に改善:ドイツ進出して日本に迫る、昨年中の中国貿易 《満州日日》1937 年 2 月 15日…… 111
国民政府棉業統制委員会、三年間の棉業改善成績 《満州日日》 1937 年 2 月 15日…… 112
煙草紙:日本品が断然他国品を圧倒、支那国産品は僅少 《山東□□》 1937 年 2 月 7日…… 113
対日貿易は今年は上乗、旧正明けに備ふ商陣:当地貿易筋の観測 《山東□□》 1937 年 2 月 8日…… 113
入荷山積の冀東貿易の現情、将来の好転も期待し得ず 《山東□□》 1937 年 2 月 8日…… 114
広東生糸の昨年輸出状況 《上海□□》 1937 年 2 月 9日…… 114
広東生糸の昨年輸出状況(二)《上海□□》 1937 年 2 月 10日…… 115
中国検験制度の発達(一):国際貿易局発表 《上海□□》 1937 年 2 月 11日…… 116
国府に貿易統制機関、大規模の内容で設置準備 《中外商業》 1937 年 4 月 17日…… 117
冀東貿易の衰退で沿線同胞悩む:華商筋の買出しも全く杜絶、各地とも意気消沈の態 《京津日日》1937 年 3月 27日…… 118
我正当貿易品まで容赦なく抑留:海関検査所の不法行為続出、徳州で砂糖が引っ掛る 《京津日日》1937 年 4 月 2日…… 119
蘇支通商協定は目下折衝進行中:在波蘭支那大使から言明、但し蘇支密約協結は否定 《京津日日》1937 年 3月 31日…… 120
平津地方学生が排日貨に暗躍:冀東貿易品の抑圧を機会に、海関当局を激励 《京津日日》 1937 年 4 月 1日 … 121
天津経済界現況:冀東貿易は萎縮、工業と建築が旺盛 《京津日日》 1937 年 3月 31日…… 122
日本人絹の支那進出顕著:伊国人絹完全に後退 《大阪毎日》 1937 年 4 月 9日…… 123
中国の曹達類輸入並びに売行状況:上海日本商務官調査(一)《上海□□》 1937 年 3月 23日…… 124
中国の曹達類輸入並びに売行状況:上海日本商務官調査(二)《上海□□》 1937 年 3月 24日…… 125
日本硝子製品は華北の市場を独占:米独品をグングン駆逐す、耀華硝子創立以来の好成績
《京津日日》 1937 年 3月 18日…… 127
Germany’s Trade with China: Steady Increase in Exports, Price Rises Banned North China Daily News1937 年 2 月 18日……… 128
輸入染料取締緩和を万国商議所決議:江海関へ決議を提出す 《上海□□》 1937 年 2 月 23日…… 129
昨年度対日土産輸出、棉実総額の半を占む:産地高其他で前年よりは不振、天津港対日土産品十二月統計 《京津日日》 1937 年 2 月 26日…… 130
上海の豪州小麦輸入 《上海□□》 1937 年 2 月 25日…… 130
独支密約の効果、両国貿易躍進す:一億元内のバーター制 《東京朝日》 1937 年 3月 7日…… 131
国産部品の輸出径路:一旦、台湾に渡って支那へ進出の物多し 《□□工業》 1937 年 3月 2日…… 132
小麦粉輸入制限、今後も当分持続:実業部、ステートメント発表 《満州日日》 1937 年 3月 14日…… 132
Reich-Soviet Trade As Usual: German Exports Show Increase Over 1935 North China Daily News 1937 年 1 月 6日 … 133
Soviet Foreign Trade Reorganization North China Daily News 1937 年 1月 6日…… 134
ソ連の対支案件、ソ支通商条約締結外四項:ボ大使携帯の内容 《満州日日》 1937 年 4 月 21日…… 135
昨年中に於けるソ連対外貿易概況:アメリカ向輸出殊に顕著 《上海□□》 1939 年 4 月 2日…… 136
昨年度に於けるソ連貿易概況:前年より相当増加 《満州日日》 1937 年 3月 27日…… 137
対豪人絹織割当:基準は九、十の両年、二割は入札と決定 《中外商業》 1937 年 1 月 10日…… 138
支那製綿布輸入制限:西阿で断行、影響重大 《京津日日》 1937 年 1 月 26日…… 139
依然物凄い日本綿布の進出:昨年度米の輸入を半独占 《満州日日》 1937 年 2 月 7日…… 140
西阿の輸入防遏で、日支綿布の大打撃、東洋製品のボイコット化:裏面に動くマンチェスター紡績 《上海□□》 1937 年 2 月 5日…… 141
再輸出品は生産物と見做さず、硫安への影響甚大:キューバ関税委員会 《□□工業》 1937 年 4 月 10日…… 142
豪州航路めぐり、英の対日態度露骨:邦品圧迫を海運問題に利用 《上海□□》 1937 年 3月 21日…… 143
日本勢力下の市場は敬遠:国際洋灰カルテル輸出協定 《大阪毎日》 1937 年 4 月 1日…… 144
我が綿製品に新手の輸入阻止法、米国織物業者の背信行為 《□□工業》 1937 年 3月 9日…… 145
満独協定更新期切迫と、独逸油脂輸入状況 《□□工業》 1937 年 3月 9日…… 145
満州銑の輸入税二年間免除、鋼材にも適切なる措置を講ず:鉄鋼飢饉防止対策 《満州日日》 1937 年1 月 6日…… 147
世界各国に於ける複関税制度の特徴:日本のはスペイン式 《満州日日》 1937 年 1 月 16日…… 148
国産洋酒課税に関する告示 1937 年 1 月 7日……149
輸出統制税法案 《東京朝日》 1937 年 1 月 20 日…… 150
外国貿易統計税法案 《東京朝日》 1937 年 1 月 20 日…… 151
硝酸アンモニヤ輸入税免税を陳情す:注目される満州化学 《□□工業》 1937 年 1 月 17日…… 152
統計、統制両税率発表:税革関係法案けふ閣議へ 《中外商業》 1937 年 1月 15日…… 153
関税改正案の修正を要望:日商、臨時総会の決議 《東京朝日》 1937 年 1 月 27日…… 154
「内地側業者は虫がよすぎる」:日清製油本多専務帰連談 《満州日日》 1937 年 2 月 2日…… 155
硬化油輸入税撤廃を陳情、神戸商議が 《満州日日》 1937 年 2 月 3日…… 155
関東州大豆硬化油の免税案も踏襲:関税改正要項に加ふ 《満州日日》 1937 年 2 月 13日…… 156
関税改正要綱 《中外商業》 1937 年 2 月 12日…… 157

(后略)
 
前言[ 滚动 - 展开 ]  
 
前 言

经过多年努力,“满铁剪报”档案史料集终于能够付梓面世了。当读者看到这一开始于近百年前,从当时能够得到得的海内外约170份报纸中剪辑的多达69万余页资料的时候,不能不感叹这一剪报资料可以说是近代以来,利用报刊资料最广泛,时间跨度最长,分量最大的综合性资料宝库。
在这里,我们首先需要对“满铁”以及“满铁调查部”和这一“满铁剪报”的来龙去脉做一回顾,同时我也想就满铁剪报对学术研究的意义,谈一点心得体会,与读者朋友们共同切磋。



“满铁”的全称为“南满洲铁道株式会社”,是20世纪初,日本在中国东北建立的配合其武装侵略政策的特殊的工具。
日俄战争后,日本改变了原来由沙皇俄国单独称霸中国东北的局面。1905年9月5日,日俄之间缔结《朴茨茅斯条约》。该条约不仅使俄国承认朝鲜为日本的势力范围,而且对日俄两国在中国的权益也进行了重新分割。条约第五款规定将俄国政府原来在旅顺口、大连湾并其附近领土领水之租借权内的权利转移与日本政府,第六款则规定俄国政府将原东省铁路(即中东铁路)自长春(宽城子)至旅顺口铁道及所附属之一切权利让与日本,日本还可经营铁道内附属之一切煤矿及铁道利益。
鉴于上述绝大部分权益均与中国有关,所以日本政府任命外相小村寿太郎为全权大使前来北京,同清政府会谈。经过一个多月的交涉,12月22日双方签订了《中日会议东三省事宜正约》及附约12款。清政府承认《朴茨茅斯条约》第五与第六款日本从俄国手中得到的各项权利,并承诺开放东北地区16处地点为商埠;设立“中日木植公司”,允许日本在鸭绿江右岸地方采伐林木;日本得继续经营战时擅自铺设的安(安东,即今丹东)奉(奉天,即今沈阳)军用铁路;日本得在营口、安东和奉天划定租界。这样,日本分割了原来俄国在中国东北的独占利益,中国东北南部成为日本独占的势力范围。
日本获得在辽东半岛租借地后,遂于1906年10月在旅顺设立关东都督府,而在11月,为管理新获得的铁路,成立“南满洲铁道株式会社”,简称为“满铁”。
满铁名义上是经营铁路的股份公司,但实际是日本政府直接管理下“经营满洲”的超经济机构,日本是以其从1895年起在台湾实行殖民统治的经验来统治新得到的势力范围,特别体现了曾任台湾总督的儿玉源太郎及曾任台湾民政长官的后藤新平的思想。儿玉源太郎在日俄战争时任日军总参谋长,他首先提出了仿照英国东印度公司的方式统治“满洲”的理念,后藤新平则接受其思想,在日俄战争刚一结束,就进行“满洲视察”,提出以表面经营铁路的方式而经营“满洲”。日本政府立即接受了他的意见,并任命后藤新平为满铁首任总裁,而他的侵略逻辑即被提炼为所谓的“文装的武备”。“文装”,即表面上建立的是“文事设施”(包括经济措施),而“武备”,则指一旦有事,便进行“武断的行动”,这也可理解为后藤新平所说“以王道之旗行霸道之实”。可见,满铁是日本以文武两道实现其独霸“满蒙”及征服中国的重要工具。所以满铁也被规定为依据特定立法设立和行动的特殊会社,由日本政府持股一半,外务省、大藏省等对满铁始终保持着相当严格的监督权和发言权。满铁是可以代表日本国家意志和具有行政职能的“国策会社”。满铁的17任总裁均为日本大臣级的政客或财界巨头,其任命需经天皇裁可。在日本关东军发动“九一八”事变及后来将局部侵华战争扩大为全面侵华战争的过程中,满铁都起到了相当重要的作用。满铁迅速将关东军和来自日本的侵华日军输送到华北和“蒙疆”战场,满铁社员还配合日军占领了华北铁路,满铁出资的兴中公司则以“军管理”之名侵占了华北全部主要厂矿企业,把华北的铁路交通和山东、大同等重要矿山都掌握在其手中。日本全面侵华战争开始后,满铁积极配合帝国主义的侵华战争,其企业规模也不断增大,到1945年日本投降时,满铁总资产从开办时的2亿日元增加到42亿日元,就业员工从开办时的1万余人到后来的近40万人。



满铁建立后,在大连总社设有总务部、调查部、运输部、矿业部、地方部,并在沈阳、吉林、长春、郑家屯、通辽、哈尔滨、安东(丹东)、营口、天津、北京、南京、上海等地设事务所或出张所,在东京设支社。总社下设的调查部是其中规模相当大的机构,人员最多时达到2500余人,还有数千计的外围调查员,这就是后来一般称为的“满铁调查部”。尽管调查部的名称在历史上曾有过许多变化,但万变不离其宗的是其任务与职能,即从事范围十分广泛的情报资料的搜集整理工作,为满铁、日本军部与政府提供咨询服务。满铁调查部调查的内容涉及中国的政治、经济、社会、文化、军事、法律等各方面,其调查人员的足迹几乎遍布中国各地,也包括搜集苏联的各种情报。许多调研活动远远超出作为满铁企业经营的范围,如为全面掌握中国东北的情况进行的满蒙资源调查、与移民密切相关的满洲农村土地制度调查,与日本占领华北、华中地区相关的农村社会调查、工商业行规调查,许多这样的调查打着所谓“旧惯调查”的旗号。另外,满铁调查部还对俄国“十月革命”后西伯利亚的情报进行搜集,翻译相应的资料。
满铁调查部从成立起就不仅是为满铁提供情报资料的“智囊团”,而且向日本关东军司令部、陆军参谋本部及日本政府提供情报资料。如在伪满洲国建立初期,满铁为关东军制订统治政策而接受关东军的委托进行调查与议案草拟的工作,为日本军部扩大对华战争而进行“支那抗战能力调查”,为日本制定对中国的经济政策进行的“日满支通货膨胀问题研究”等。这些情报成为日本军部和政府制定侵华政策的重要依据。满铁调查部是日本在中国规模最大的“国策调查机关”,从其1907年4月成立到1945年8月解散的近40年中,先后提出多达12000余份的各种研究报告。
满铁调查部成立后,收集中国及周边(朝鲜半岛及苏联远东地区)情报资料的一个重要方式是利用当时的报刊,把制作满铁剪报作为其一项重要的“工程”。从1918年开始,满铁调查部从能够订阅到的近170份中、日、西文报刊中,根据政治、外交、军事、经济、文化、法律、人口、社会等专题,分门别类地将涉及中国(以及日本、朝鲜半岛)的相关新闻、报道、评论及文章等剪裁下来,黏附在剪报本上,前后持续进行了近30年。到日本投降前,这些剪报本已累计达3587册,涉及20多个大门类,近百个小门类,可以说是世界范围内迄今为止涉及20世纪20至40年代中国(东北亚)问题的采集范围最宽、分类最细致、数量最庞大的资料剪报。
日本投降后,满铁及其调查部的资料在满铁总社及各地的支社和许多图书档案部门都有收藏,其重要性也逐渐纳入研究者的视线。吉林省社科院从1958年起就开始了“满铁史资料研究”的课题,并建立满铁资料馆,编写大部头的《满铁调查资料目录》。1957年中国科学院图书馆在获知大连遗留有满铁图书资料的消息后,立即进行调查,并向文化部建议将有关经济、国际关系、历史等方面的研究资料调拨给中国科学院所属的研究所和中国科学院图书馆,此后中国科学院图书馆以储备的影印外文期刊及科学出版社出版的书刊作为交换,充实大连图书馆在自然科学及技术方面的馆藏,以便为当时以建设工业城市为目标的大连工业建设服务。据记载,当时移交的图书资料约13万册(件),其中就有3587册满铁剪报移交给现在的近代史研究所图书馆收藏。


近代史研究所收到“满铁剪报”后,在图书馆中特地开辟房间作为重要资料进行保管。虽然在数十年的时间中经历了“文革”那样的动荡,但由于图书管理人员的尽职尽责,没有使这一资料受到任何损坏。遗憾的是在交接的过程中,不知哪一环节的问题,近代史研究所收到的3510册剪报,与原来的数字相差了77册。2007年,近代史研究所图书馆特地为保管包括满铁剪报在内的重要资料,建设了恒温恒湿库房,并着手对全部剪报进行了扫描,为每一本剪报量身特制了防虫蛀的保护外套,使这一重要资料得到更充分的保护。
保管在近代史研究所图书馆的3510册“满铁剪报”,是把报纸剪裁后,粘贴在厚纸制作的剪贴册上,剪贴册的开本有多种,比较多的是长41cm,宽27cm的大开本,和长22cm,宽16cm的小开本。扫描后统计页数为69万余页。
两种开本的分类也有所区别,大开本的一级类目21个;小开本的一级类目有24个,具体见下表:
大开本 小开本
A.地理、历史、文化 A.政治、经济
B.文化、人种、人口 B.工业经济、教育状况
C.经济一般 C.经济一般
D.农林畜水产业 D.农林畜水产业
E.矿业 E.畜产业
F.工业 F.工业部门经济
G.商业 G.商业
H.交通 H.交通
J.财政 J.财政
K.货币、金融 K.货币、金融
L.植民、移民 L.财政、金融
M.社会、劳动 M. 社会、劳动
N.都市 MT.满铁及会社经营状况
O.政治 N.政治、经济、军事、外交
P.法律 P.经济、司法、国防、国际一般
Q.政治、外交、军事 Q.政治、外交、军事、国际一般
R.满铁 R.满铁
S.会社 S.市政、各业经营
T.财政 T.税制、财政
XK.新刊介绍 U.满洲国施政
MZ.满洲事变日志 V.文化、教育
W.民政、保健
XK.新刊介绍
Z.重工业及各产业经营

我们了解到,满铁总社规定了“文书业务别分类表”,将其文书资料分成17大类,而满铁调查报告属于其中M类。满铁调查部对其保管的文献使用的分类法是如下原则,即:A经济、B企业、C农业、D林业、E畜产业、F水产业、G矿业、H工业、J商业、K交通、L金融、M财政、N政治、P法制、Q殖民、R社会劳动、S都市、T地理、U历史、V文化、W自然科学、Y杂类、Z总类、MT满铁社内出版物。但满铁剪报的分类与这些原则有所不同,其种类被印在剪贴册上,关于其分类的原则,还没有看到详细具体的说明,可能还需要专门的研究。
20世纪初直到日本侵华战争结束,中国基本处于动荡的战争时期,当时的历史资料尽管有所保留,但是有很大的缺陷,虽然可以利用当时的报刊资料作为历史研究的重要补充依据,但当时的报纸印刷数量不多,保存条件不好,人们不可能便利地检索。而持续进行了将近30年,从近170种报刊中分门别类有选择地制作的剪报资料,就成为研究那一段历史的重要宝库。正因如此,国外的一些学者和机构,曾多次向近代史所提出共同开发这一资源宝库的建议,只是因各种原因搁浅。2007年,近代史研究所对全部剪报资料扫描复制,并完整保留了原来的分类原则与格式。不过,原有的分类方式已经难以适应信息化时代的要求,故近代史研究所与国家图书馆出版社决定在出版时录入每一条资料的标题等信息,以提供更加便利的检索。
还需要特别说明的是,在满铁剪报中,还有一些超出剪报领域的档案资料,其价值更为重要。如在剪报中有四大册特别的资料 “满洲事变日志记录”。这是满铁调查部(当时称为调查课)时局资料综合班从1931年9月19日开始至10月31日搜集到的资料进行选择整理后形成的。与其他剪报资料不同的,这一记录采用了大量当时满铁参与“九一八”事变的第一手档案资料,包括日本关东军开始行动后满铁机关及所属的各个事务所(出张所)收集上报的各种情报,满铁调动车辆配合军队行动的资料,几乎都是没有公开的原始资料。关于“九一八”事变,日本方面曾出版了片仓衷编《满洲事变机密政略日志》、日本参谋本部第二课编《满洲事变机密作战日志》、日本关东宪兵司令部编《满洲事变中宪兵队的行动》以及日本外务省编《日本外交文书•满洲事变》等,但是满铁在“九一八”事变中扮演的角色,人们并不了解,如何从满铁的角度了解事变当时的各种情况,如果不看这些资料,也是完全不可能的。鉴于这些资料多为手写,利用起来相当困难,日本新潟大学教授芳井研一先生动员力量进行了仔细辨认,2009年在日本不二出版社出版了排印版,为不是特别精通日语的读者提供了读原版的便利。


“满铁剪报”在1945年后能够相对完整地保存至今,并得以影印出版,为近代史研究提供丰富的资料,近代史研究所及其图书馆功不可没,应当感谢近代史研究所图书馆几代管理人员的努力与贡献;而国家图书馆出版社承接了如此大规模的出版责任,使满铁剪报不再是书库的庋藏,而成为社会各界均可查阅利用的资料,实现了海内外学界多年的企盼。在此,对上述机构的工作人员表示衷心的感谢。


步平
2016年6月

凡    例

一、《中国社会科学院近代史研究所藏“ 满铁剪报” 类编》按专题分类整理影印, 全书计划出版十辑,每辑一百册,共计一千册。
二、第二辑收录小开本A 类“ 政治、经济”,B类“工业经济、教育状况”,C类“经济一般”,D类“农林畜水产业”,E类“畜产业”,F类“工业部门经济”共六类内容,整理剪报条目约46000条,近 52000页。
三、本书正文部分,悉据原书影印。原书中个别剪报重复粘贴,为保持编排顺序, 出版时仍照原样保留; 部分剪报页面极长,字小不清,为便于识读,出版时拆成两页或制作拉页处理。
四、本书目录部分,著录剪报标题、报纸来源及时间三项。
标题名称据剪报原始文种著录,涉及中、日、英、俄、德、法、葡七种语言,遵守各文种的著录规范。原标题语句较长时,以现今通行的标点符号进行标点。需要说明的是,日文部分在依原文著录的原则下,基本上采用现代通用汉字,如“縣”改为“県”等。
报纸来源以每条剪报所盖满铁章戳为准照录,故部分报纸名称为简称或旧称,如日文报纸《満州日日新聞》录为《満州日日》。若来源无法确认则不著录。
原书剪报时间均以日本年号标识,著录时统一改为公元纪年。
五、原文中模糊不清、无法识读的文字、日期等,均以“□”代替。
六、本书所收部分剪报受其立场的局限,行文中有不实言论,在影印中未做删改,敬请读者批判看待。
七、全书卷帙浩繁,涉及语种较多,虽经多番审校,仍难免疏漏,敬祈方家予以匡正。


国家图书馆出版社
2017 年 10 月
 
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